コスタリカから、今だけの小さな物語

ダスキンあいのわ基金障害者リーダー育成海外研修派遣事業 第38期派遣生 コスタリカ留学中の全盲女子大生です!

フィンカ・モルフォ

 「もうシャワー浴びた?」

「いや、水が出なかったから、代わりに海で泳いできたよ」

 「あはは、天然のシャワーだ」

 ジャングルの中に貼ったテントのとばり越しに交わされるこんな会話で目を覚ます場所がある。コスタリカ南西部、オサ半島のジャングルにあるパーマカルチャー農場、フィンカ・モルフォだ。私が、前回の記事で書いたバスの旅を経てそこに行ったのは、今からかれこれ1ヶ月前になるのだけれど、今から考えても本当に不思議な場所だった。

 

 海と森の境目がない。ものすごい迫力で茂っている森の中にかろうじて穿たれた小道を、50メートルも歩くと浜辺に出る。背の高い草がたくさん生えている、その下の地面は海の砂。屋外キッチンの脇に吊られたハンモックに仰向けに寝て、地面に両手を伸ばすと、アクセサリーにできそうな綺麗な形の分厚い貝殻がたくさん手に触れる。

 

 この、いろんなものが混ざり合っている感覚は、この農場にいる人々にも共通していた。私が行ったとき、30人弱のメンバーの出身国籍は11カ国。英語とスペイン語と、その他いろいろがぐちゃぐちゃに飛び交い、年齢ももちろんばらばらだ。カップルでもう7回もコスタリカに来ているというフェリックスとダニー、将来カナダに自分の農場を持つために、オンラインでパーマカルチャーの勉強をしているローレン、軍隊に入ってアフガニスタンに駐留した経験のあるナタ、そして自分のやりたいことを探して旅をしているトニー・・・。いろんな思い、私のまだ知らないさまざまなストーリーが、渦巻いているのを感じる。何かに惹かれて、今この秘境にいるということ以外、全員に共通する事なんてないんじゃないか。それは、これだけばらばらな人々が、この小さな国の、その中でも有名な観光地ではなく相当な奥地で、ひととき巡り合っている不思議でもある。面白いな、という感動の一方で、もしここに長期間滞在するなら、自分のことは全部自分で決める覚悟がいるだろうなと思った。

 

 そんなメンバーが一堂に会したのは、夜のカカオセレモニーのときだった。小さなログハウスの中に輪になって座り、中米の先住民の伝統に従って唐辛子を入れたカカオドリンクを飲む。ピリ辛のホットココアを想像してほしい。私はこれがあまり得意ではなかったのだけれど、寒かったせいか、特別な場で飲んだせいか、このときはすんなり喉を通った。皆で波音と虫の声と風の音に耳をすませ、1人ずつ何かしら自分の思いをシェアする。自分たちの声以外、人間の音はしない。歌を歌い、マラカスでリズムを取り、テンションが高まったところで、砂浜に繰り出して、踊る。

 

 夜の浜辺で、音楽に合わせて体を動かし、疲れたらソファーや砂の上に寝転がったり、おしゃべりしたり、犬と戯れたり。途中、料理担当のフェリックスが皆に内緒で作った、チョコとココナッツのお菓子を振舞ってくれた。これを作るのを、私も手伝わせてもらっていたから、なんだかうれしい。なんというか、ものすごく素朴な時間の過ごし方だった。はっきり言って怪しい光景だったと思う。でもこのとき、さっき書いた国籍やら年齢やらが意味をなさなくなっていたのも確か。ただ、人がなにかを表現するときのエネルギーみたいなものを感じた。

 

 次の日はとにかく海水浴。日中は、深い呼吸ができない錯覚に陥るほど暑いので、フレンドリーな女の子たち数人と、ひたすら水に浸かって過ごした。そういえばこの日、オートミールというものを生まれて初めて食べた。私の中ですぐに思い起こされるのは、小さい頃大好きだった、ローラ・インガルス・ワイルダーリンドグレーンの物語。欧米でよく食べられている、子供には人気のない朝ごはんというイメージだった。オート麦を甘く煮込んで、レーズンやマンゴをトッピングする。なかなか馴染みのない食べ物だなぁと思ったけれど、考えてみれば材料はフルーツ入りのパンと一緒だ。

 

 もしもっと長く滞在していたら、もっともっといろんな経験をして、いろんな気づきを得られただろう。今回は3日だけで、しかも週末だけだったので、農場の普段の活動の様子を見られなかったという悔しさが残っている。目下思うのは、あまりにも周囲から隔絶されすぎていやしないかということ。いちばん近くにある町は本当に小さくて、町民全員が顔見知りのようなところなのに、私の乗ったタクシーの運転手さんが場所を訪ねても、誰も農場のことを知らなかった。電話も、何度かけても繋がらなかった。単純に場所が離れているからというより、地元の人たちとの交流が希薄なんじゃないかと心配になってしまう。せっかくのステキな農場とコミュニティ、もっと近所の人に愛されてほしい。

 

 それとも、もっと他の顔があるのか、周囲と一線を画しているところにこそ何かこだわりがあるのか?それを確かめるためにも、いつか必ず、今度はもっと長い期間、この農場で過ごしてみたい。